ジーヴスの事件簿
名作のほまれ高い古典短編集。
恥ずかしながら未読。書店でふと手が伸びて購ったのは杉江松恋が『路地裏の迷宮踏査』(東京創元社)で、こんなエピソードを紹介していたからだった。
アガサ・クリスティ『ハロウィーン・パーティ』(1969年。クリスティ文庫)がP・G・ウッドハウスに捧げられたことは有名である。この作品のどこがどうウッドハウスと関係してくるのかは何度読んでも判然としないが、単純に、同時代を生きた大作家への同志意識の表明と解しておけばいいのだろうか。
杉江さんは「有名である」と書いているけど、恥ずかしながら全く知らなかった。で、本棚から件の『ハロウィーン・パーティ』を引き抜いてきた――ポケミス版だが、たしかに巻頭に
彼の本と物語は長い間わたしの生活を明るくしてくれた。
また、親切にもわたしの本を楽しく読んだとおっしゃってくださったことに対する喜びをこめて。
なるほど、まあ、これを読んだときおれは未だ学生でP・G・ウッドハウスが誰なのかも知らなかったし、誰なのか興味を持っても今日のように手軽にネットで検索するなんてことも出来なかったんだけどね。
さて、本作はいかにもイギリス風、主人公バーティとバレット(執事ではない。執事はバトラー)、ジーヴスの物語である。なにがいかにもかって、おれがことさらイギリスの主従関係に明るいわけではないが、一読頭に浮かんだのは、ジャック・レモン主演の『女房の殺し方教えます』なのだ。ジャック・レモン演じるスタンレーとその忠実なバレットの関係。あのテリー・トーマスが演じていたから強烈な印象だった。このvaletって従僕と訳せばいいんだろうか。杉江さんは「側用人」が一番ニュアンス的には近いと書かれているが。
いや、ウィットあふれる本作はそんな訳語とは関係なく充分に楽しめる短編ミステリーの傑作だが、問題はアガサなんであります。バーティを苦しめる天敵とも言うべき恐怖の存在がアガサ叔母さんなんです。あまりに恐ろしくラスボスのように描かれたアガサ叔母さんの存在に対して、クリスティは皮肉って献辞を捧げたのではないかしら。
とこれが言いたかっただけなのです、はい。
あ、本書は傑作ですから、未読の方は是非お読みください。お奨めです。